14番目の焚火おやじ
焚火をこよなく愛するおやじの日々
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2008年07月08日 (火)
■ 磨くのは内面

外見を磨くサービスが人気(2008年7月8日 読売新聞朝刊)人は見た目が9割‥なんていう新書が結構売れているらしいです。タイトルの強烈さに比べて中身のインパクトが弱いなど、Amazonあたりではかなりの酷評のようですが、その本の言いたいところは非言語コミュニケーションについてのことだということらしいです(私自身読んでいないので批評できません)。一方、「人は見かけによらない」というような諺もあれば、実体験としてそう感じることも多々あり、どちらかが一方的に正しい(あるいは間違っている)というように、白黒がハッキリするような問題では無いことは確かだと思います。

しかし、「外見を魅せてコミュニケーション強化に役立てろ!」というような記事(読売新聞)を、ここ最近立て続けに読んだ気がして、若干の違和感を覚えました。というのも、そういった色々な意味での「見た目」を専門家にアドバイスしてもらい「金で解決」するという内容だったからです。結局、世の中お金ですか‥っていう部分もそうなんだけど、第三者によって解決してもらうという「他人任せ」な部分も大いに違和感を感じるところなのです。とはいえ、そもそも自分の意思をもってそういうことをお願いするわけですから、全部が全部他人任せということはないのですが‥。

確かに、見た目も重要なファクターであること自体を否定するつもりはありませんが、見た目が悪いとダメといったことを煽るような記事はいかがなものかと思いました。先日、日本中を震撼させた秋葉原の無差別殺傷事件の犯人は、自分の見た目に対するコンプレックスが強かったといいます。それは、ある意味普通の感覚であると私などは思うのですが、見た目が重要といった考え方が支配的になってしまうのはどうなのかなぁと思ってしまうのです。見かけを磨く、あるいは気にすることよりも先に、内面をもっと磨いたほうがいいんじゃないかと思ってしまうケースが多いように感じます。

2008年06月16日 (月)
■ カーナビ

カーナビカーナビゲーション‥いわゆるカーナビですが、自家用車に装着されている方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。一体、どれくらい普及しているのだろうかと少し調べてみたのですが、国土交通省道路局のまとめによると、昨年の末で2949万台を突破したということです。一方、自動車の保有台数については、財団法人自動車検査登録情報協会のまとめによると、今年の3月末のデータで四輪車が7562万両だということです。つまり、四輪車全体で見た場合、普及率は40%に迫る勢いであることが分かります。ちなみにカーナビの普及率は世界的に見ると日本がダントツでトップの座にあるらしいです。

さて、写真は先日来お借りしているImprezaについているカーナビですが、今やレンタカーにもカーナビとETCが装備されていたので驚いてしまいました。そもそも、わが家の車にはカーナビは付いていないので、カーナビ付きの車を運転するのは初めてのような気もしますが、何ともまぁ色々な情報が出るものなのですね。しかし、視界の隅に何となく入ってる画面がちょこまかと動くのはハッキリ言って邪魔なのです。だから、画面を消したいのですが、どれを押せば消えるのかがよく分からずこのままになっています。とはいえ、カーナビは先日乗ったタクシーにも付いてましたし、配送関係の車にも装備されていたりするのではないかしら‥要は、仕事関係で自動車に乗っている方々にとっては、色々とサポートしてくれる強い味方なのだと思います。

でもカーナビがいくら便利だからと言って、プライベートで使う気にはなれません。「旅行などで知らないところに行く時に便利でいい」などと言う人がいたりしますけど、目的地まで一直線にカーナビが連れて行ってくれる旅行って‥楽しいのかしら?真っ直ぐだ、いや右だ‥と、道に迷ったりしながら、時には地元の人に道を聞いたりして会話が生まれることも旅行の楽しみのひとつであると思うのです。だから、道路どころか最近では渋滞の様子まで分かってしまうようなカーナビは「敷かれたレールの上をただ走っているような感じ」を覚えて駄目です。自分が能動的に「している」のではなくて、誰かに「させられている」ような感じがしてしまうのです。何とも古臭い感覚なのだと思うのですが、こればっかりは変わらないと思います‥って、私はもう頑固爺?

2008年06月11日 (水)
■ ダビング10

「ダビング10めど立たず」(2008年6月11日 読売新聞朝刊)ダビング10が迷走しています‥。コピーワンスと呼ばれる現行の仕組みは、デジタルコンテンツの複製を防止し、海賊版ビジネスのようなものを根絶やしにするために導入されたものだそうですが、海賊版で儲けようなどとはカケラほども考えていない一般ユーザーの使い勝手が悪いこと、そもそもコピーワンス導入の経緯が不透明であったことなどから、不評な仕組みであったわけです。地上デジタル放送への移行が完了すれば、コピーワンスの弊害がさらに顕著になるであろうということもあり、ダビング10と呼ばれるコピー回数の緩和が実施されることになっていたのですが、直前で延期されることになり実施の目処が立っていないそうです。

これは、ダビング回数が増えることによる対価としての補償金の支払いを求める著作権者側と、中途半端なコピー回数の制限が残る以上、補償金を支払う必要は無いとして製品価格への転化を避けたいメーカー側との対立の構図が生んだ結果であり、利用者としての消費者不在の議論になっています。著作権者とメーカーの後ろには、経産省、総務省、文化庁といった官庁が三つ巴で絡んでいることから、議論は民の問題ではなく、もはや官の問題になっているという声も上がっているということです。また、9日には地上デジタルへの完全移行を推進するために、難視聴対策や経済的弱者支援など総額2000億円の総合対策を3年がかりで実施すると増田総務相が発表するなど、ここ最近はデジタル映像に関する話題に事欠かない状況です。

しかし、ダビング10問題もここまでこじれると、デジタル化って結局何がよかったのか?と疑問に思っている人も多いのではないでしょうか。デジタルだと確かに画像がキレイになりますし、双方向通信を使った何かができるようになるのかもしれませんが、ここまで投資するほどのものなのか?と思ってしまうわけです。しかし、それは必ずしもデジタル化自体が悪いのではなくて、それに伴う使い勝手の低下といった回りの問題が事態を悪化させているわけです‥。この迷走するダビング10問題に対して、私がコラムを欠かさず読んでいる小寺信良氏がIT Mediaで面白い思考実験をしています。ライフスタイルが多様化している現代では、柔軟性の高い仕組みを作り上げないと、放送に明日は無い‥。すでにテレビを観なくなってしまった私が言うのもナニですが、小寺氏の言うことには納得できるのです。

2008年03月30日 (日)
■ メタボ特需?

メタボdeなわとび今日の読売新聞朝刊の一面トップにこんな記事が載っていました。「高血圧、メタボリックシンドロームなど主要40疾患の診療指針を作成した国公立大学医学部の医師の約9割が、その病気の治療薬を製造、販売する製薬会社から、寄付金を受領していた」のだとか‥。実際のところがどうであるかは別にして、このような寄付行為は一般的には「袖の下」といって、寄付金を出している製薬会社に有利な条件になる可能性が高いというのが良識ある人間の発想です。

以前から基準が厳しすぎるのではないかと囁かれていたメタボリックシンドロームについては、2005年に作成された「メタボリックシンドロームの定義と診断基準」の作成に関与していた国公立大の医師11人に全員に2002〜2004年の3年間で合計約14億円もの寄付があったということです。判定基準が厳しいということは製薬会社にとって有利であるわけで、その製薬会社から多大な寄付が実施されている‥何も無いのが本当だとしても、何かあるんじゃないかと疑われてしまっても仕方のないことでしょう。

そんな業者と医師の癒着疑惑を尻目に‥というわけでもないのでしょうが、メタボリックシンドローム‥通称メタボを商機と考えている「非医療関連メーカー」も山ほどあるわけでして、今日の写真のものなどもメタボ関連商品のひとつです。これは、娘が何だかの景品で貰ってきた「なわとび付きのチョコレート」です。実際のところ、なわとび付きチョコなのか、チョコ付きなわとびなのかは分かりませんが、普通に考えたら繋がりのない「チョコレート」と「なわとび」をメタボのキーワードで結びつけてしまうあたり、商魂たくましい限りなのです。

2008年03月18日 (火)
■ 見た目が‥

アスファルトにグレーの塗装?今日は先週の水曜日以来の自転車通勤でしたが、何とも間が開いてしまっているので、筋力も若干低下しているんじゃないか‥といった感じですね。先週よりもずっと暖かくなってきていますので、一番寒い時期に着ている上着を中綿の入っていない少し薄手のタイプに変えました。ここ数日の気温の上昇が顕著なせいか、先週は固い蕾の状態にしか見えなかったソメイヨシノが今日はすっかり色づいていまして、あと数日のうちに咲きだす花もあるんじゃないか‥そんな感じのところもありましたね。

さて、先週のジテツーの時も道路の舗装の話をしたのですが、今日もまた道路の話題‥。私の通勤路である「区役所通り」をセンター南から南西方向に進んでしばらく行くと、富士見が丘という大きな交差点があります。その辺りからわずか数百メートルの区間なのですが、道路を走っていて「あれ?何か変‥」という感じがしました。写真は夕焼け橋をくぐった少し先でして、「何か変」のところなのですが、写真から変な感じが伝わってきますか?写真も小さいので、あまり違和感がないかしら‥。実は、路面がグレーに塗装(?)されているのです。言われてみればグレーが明るい感じがするでしょ?

最近、自動車の通行量が多くて幅の狭い道路で、歩道として使われる路側帯にグリーンやブルーなどのカラフルな塗装がされているのを時々目にするようになってきました。塗り分けによって安全性が高まるのかどうか、費用対効果の面からいって意味あるのか等、疑問ではあるのですが、目立つことだけは確かでした。しかし、このグレーの全面塗装はいかがなものでしょうか?色から言って目立たせることを狙っているのではないことは確かですし、何か特殊な効果があるとも思えないのですが、一体これは何のためなのでしょうかね。「とりあえず塗ってみました‥」なんてことは無いでしょうけど‥。

2008年03月17日 (月)
■ つり革

電車のつり革今日の午前中は都内で仕事‥時間にゆとりをもって作業をしたいので、いつもよりずっと早めに家を出ました。今日のような日は、あざみ野から田園都市線に乗って都内へと向かうわけですが、この田園都市線なる私鉄沿線は人口増加エリアがまだあるせいか、首都圏の電車のなかで混雑度がかなり高いほうに属するのだそうです。その東急田園都市線が、混雑緩和の切り札として導入した準急(都内が各駅停車)は、逆転の発想が効を奏してか以前よりも混雑度が多少緩和された気はしています。

それでも人が多いことに変わりはないので、あざみ野駅あたりから乗り込むと、車両の端のほうを選んだとしても人をかき分けて行かないと奥のほうまで到達することができません。人をかき分けて奥に入っていくほどだから、立っている人と人の間にサンドイッチ状態になったまま「足許が狭い」のと「掴まるところがない」という苦痛を味わいながらしばらくの間我慢することもしばしばなのです。軽くでもいいから手が添えられるところがあると嬉しい‥でも、どこにもありません。揺れが少なめなのがせめてもの救いなのですが。

それにしても‥電車のつり革というのは、どうして座席に近いところにちょこっとしかないのでしょうね。輪っかに腕を通しつつ、上の金属棒を握っているオヤジなどがいると、「そのつり革よこせ〜」と思ってしまうほど、つり革不足なのです。考えてみたら、つり皮はそもそもこんなふうに「まばらに配置」されているので、恩恵に浴することのできる人が少なすぎていけません。つり革の持ち手の部分あたりにつり革がつけられている棒と平行な棒を配置すれば、つり皮なんてなくてもどうにでもなりそうですが。つり革そのものが無くても、手の届くところに棒があったほうがはるかに役立ちそうな気がします。

2008年02月05日 (火)
■ Friio

2008年2月5日 読売新聞朝刊社説世の中は「毒入りギョーザ」の話題で持ちきり状態ですね。毒混入の経緯はもちろんのこと、輸入問題から派生して日本の食糧自給率が異常に低いという点にも注目が行ってますので、今後の展開に期待したいところです。そんな食料問題の影に隠れるようにして、今朝の読売新聞の社説に地上デジタル放送にまつわる話題が掲載されていました。コピーワンスに始まったデジタル放送録画に関する対応が、ダビング10と称する「規制緩和(?)」に移行しようとしている今、そういった規制の網の目をかいくぐる装置が出てきたという話題です。

すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、デジタル録画の複製に対して何の制限もなくなるという禁断の装置とは、Friio(フリーオ)という名前の装置で台湾からネット経由で輸入できるということです(現在はどうなのかよく分かりません)。社説で問題とされている点は、デジタル録画の複製は原理的に劣化が生じないため、著作権が保護されなくなったり、放送局による番組のDVD化ビジネスなどが大打撃を被るという「よくある」誇大妄想です。この問題がただでさえ順風満帆とは行かないダビング10にも影を落とすことになれば、地上デジタル普及にも悪い影響を与えるだろうというというのも、メディア提供側が騒ぎ立てる「よくある」最悪のシナリオです。でも、本当にそうなのでしょうか?

簡単にやぶられてしまう仕組みに莫大な資金を注入し、資金回収のために高額な二次利用料を徴収し‥そういう悪循環にはまってしまったところでコンテンツは流通せず、注目されることもなく埋もれてしまうだけ‥そういう「想定とはまるで逆の方向」に進むように思えてなりません。まぁ、私がそんなふうに思うのは小寺信良氏のIT Mediaの記事によるところが非常に大きいわけですが、この社説を書いた記者を含め、「すぐに陳腐化する」テクノロジーで著作権をガチガチに守ることが文化のためになるのだと勘違いしている人々は、少なくともIT Mediaの小寺信良氏の全てのコラムに今すぐ目を通したほうがいいと思いますよ。利用されてこそのコンテンツであって、利用されなかったらゴミと一緒ですからね。