14番目の焚火おやじ
焚火をこよなく愛するおやじの日々
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2012年11月15日 (木)
■ サラリーマンよ、スーツを脱げ!

会社近くの駅にて
RICOH GX200 28mm ISO154 F2.7 1/7 EV-0.3

東京勤務になって半年近くが経過しましたが、やっと自転車通勤を再開することができました。自転車を置く場所の関係上、自転車通勤の日は自宅から銀座まで自転車で走り、そこから地下鉄に乗って会社の近くまで行く‥そんなルートを使っています。地下鉄の最寄り駅を降りたら会社まで歩き、会社のトイレで「それっぽい服装」に着替えてオフィスで仕事をし、帰りには朝と同じトイレで着替えをしたら銀座の駐輪場まで地下鉄に乗る‥そんなパターンになっています。つまり、着替えに使わせてもらっているトイレよりも自宅寄りでは、自転車に乗っている服装(いわゆるカジュアル)で過ごしているわけです。

ビジネススーツを着るというのは会社の規定で決まっているのですが、正直言って私の今の仕事にスーツは要りません。仕事には不要というだけでなく、自転車通勤にとっては邪魔者‥昔はどちらかと言えば「スーツ好き」だった私でも、自転車通勤が生活スタイルに入り込んで以降は特にスーツが嫌いになってしまいました。そんな個人的な印象も、佐々木俊尚さんの「朝キュレーション」で先日読んだ「エンジニアにスーツを着せている IT 企業」で確信に変わります。“プログラマも一種の「物書き」である”というのは、本当にその通り。スーツもそうなのですが、静かなオフィス環境だって欲しい。でも、今はどちらもありません。

話が逸れました‥。自転車の日はカジュアルな服装で地下鉄に乗るわけですが、会社の最寄り駅を降りると奇妙な疎外感に襲われます‥「みんなスーツ姿なのに私だけカジュアルなのか」(これ‥変な自意識過剰でして、単にスーツ姿の割合が非常に多いというだけ)と、自分がスーツ姿の場合には決して感じることのない思いがこみ上げてくるのです。なぜそんな思いがわくのか‥考えて出た私の結論は「周りに同化して目立たないのをヨシとする日本の悪しき慣習」というものです。「そんな古臭い考え‥ふざけるな!」などと言ってはいても、いざ自分が「外れている側」に回ると思うと、ソワソワしてしまうような感覚‥。

でも、そんな思いに囚われている間は、自分を伸ばすこともできないんじゃないかと思うようになりました。また、そう思うようになってからは、おかしな話ですが「(何に対するのかハッキリしない)後ろめたさ」が無くなりましたね‥。そもそも、大人は子供に向かって「外見で人を判断するな!」と言いますけど、大人同士がスーツという外見だけで人を判断していたりするんじゃないの?‥なんて意地悪を言ってみたくもなります。とにかくスーツを着ろ‥そういうバカげた発想はいずれ無くなるとは思いますが、それまでの間は反抗する以外にありません。スーツは脱ぎ捨てて、もっと自由な発想を手に入れようではないか‥と。

当たり前ですが、スーツそのものが悪いわけではありません。スーツを着ていることに何らかの価値を見出そうとすることが悪いのです。だから、スーツが好きな人はスーツを着続ければよいと思います。その代わりにスーツを着るのが嫌な人には、スーツを強制すべからず‥それだけの話なのです。

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